モースポテンシャルとは?分子間相互作用を表す式と特徴を解説!
分子や原子が近づくとき、そこには引力と反発力が複雑に働いています。
化学結合の強さ、原子間距離、分子振動などを理解するうえで重要になるモデルがモースポテンシャルです。
ポテンシャルエネルギーの変化を曲線として表せるため、量子化学、分光学、材料科学、分子シミュレーションまで幅広く用いられています。
本記事では、式の意味から各パラメータの読み方、調和振動子との違い、利用時の注意点までをわかりやすく整理します。
モースポテンシャルの意味と結論

それではまずモースポテンシャルの基本的な意味について解説していきます。
原子間の結合を表すポテンシャルエネルギー
モースポテンシャルは、主に二原子分子における原子間距離とポテンシャルエネルギーの関係を表す関数です。
原子同士が適切な距離にあるとエネルギーが最も低くなり、安定した化学結合を形成します。
この最も安定な距離は平衡結合距離と呼ばれ、分子構造を考える際の基本的な指標です。
原子間距離が平衡結合距離より短くなると、電子雲や原子核同士の影響によって強い反発力が現れます。
反対に距離が大きくなると結合は弱まり、最終的には原子が解離する状態へ近づきます。
モースポテンシャルは、この結合、反発、解離という一連の変化を一つの曲線で表現できる点が大きな特徴です。
結合の伸縮を現実に近く扱えるモデル
分子内の原子は完全に静止しているわけではなく、常に伸縮振動をしています。
小さな振動だけを見る場合は、ばねのような挙動を仮定する調和振動子モデルでも説明できます。
しかし実際の化学結合では、結合が伸びるほど切れやすくなり、縮むほど急激に反発するという非対称性があります。
モースポテンシャルは結合の非調和性を含めて表せるため、現実の分子振動により近い見通しを与えます。
とくに高い振動状態や、結合解離に近い領域を扱う場合には、単純な放物線より有用でしょう。
モースポテンシャルは、平衡結合距離の周辺だけでなく、結合が強く縮む領域と解離へ向かう領域まで表現できる原子間相互作用モデルです。
名称の由来と活用分野
モースポテンシャルは、物理学者フィリップ・モースが提案したポテンシャル関数に由来します。
分子振動のエネルギー準位を説明する目的で広まり、現在では分子分光、量子力学、計算化学などで基礎的なモデルとして扱われています。
赤外分光法やラマン分光法で観測される振動スペクトルを考える際にも、モースポテンシャルの発想が役立ちます。
また、分子動力学法では原子間相互作用を近似する候補の一つとして利用されることがあります。
ただし、複雑な多原子分子や金属結晶を精密に扱うには、ほかのポテンシャル関数との使い分けが必要です。
モースポテンシャルの基本式
続いては、モースポテンシャルを表す式と各記号の役割を確認していきます。
代表的な関数の形
モースポテンシャルは、一般に次のような形で表されます。
V r = D e {1 − exp[−a r − r e]}の二乗 − D e
ここでV rは原子間距離rにおけるポテンシャルエネルギーを示します。
expは指数関数を意味し、距離の変化に応じて相互作用が急速に変わる様子を表現します。
式の表記には複数の流儀がありますが、基準となるエネルギーをどこに置くかが異なるだけの場合も少なくありません。
重要なのは、曲線の最小値、左右の傾き、遠方での収束先を読み取ることです。
解離エネルギーD eの意味
D eは解離エネルギーを表すパラメータです。
平衡状態にある二つの原子を無限に離し、結合を切断するために必要なエネルギーに対応します。
D eが大きいほどポテンシャルの谷は深くなり、一般には強い結合を示します。
ただし、実験で観測される解離エネルギーは、分子が基底振動状態にあることによる零点振動エネルギーの影響を受けます。
そのため、ポテンシャルの深さとしてのD eと、実測に近いD zeroを区別して扱うことが大切です。
エネルギー準位の議論では、この違いを見落とさないようにしましょう。
平衡距離r eと幅の係数a
r eはポテンシャルエネルギーが最小になる原子間距離であり、平衡結合距離を示します。
この距離では引力と反発力がつり合い、原子は平均的に最も安定した配置にあります。
aはポテンシャル井戸の幅や急峻さに関わる係数です。
aが大きい場合、平衡距離から少しずれただけでエネルギーが変化しやすく、結合は硬い性質を示します。
反対にaが小さい場合は谷が広がり、距離の変化に対するエネルギー増加は比較的ゆるやかです。
D e、r e、aの三つを把握すると、モースポテンシャルの形をおおむね理解できます。
| 記号 | 表す内容 | 曲線への影響 |
|---|---|---|
| V r | 距離rでのポテンシャルエネルギー | 縦軸のエネルギー値 |
| D e | 解離エネルギー | ポテンシャル井戸の深さ |
| r e | 平衡結合距離 | エネルギー最小位置 |
| a | 井戸の幅を決める係数 | 曲線の急峻さと振動特性 |
| r | 二つの原子の距離 | 横軸の位置 |
ポテンシャル曲線の形状と特徴
続いては、モースポテンシャル曲線が持つ形状上の特徴を確認していきます。
非対称なポテンシャル井戸
モースポテンシャルのグラフは、底に丸みを持つ谷のような形になります。
ただし左右は対称ではなく、原子間距離が短い側は急に立ち上がり、長い側は緩やかに上昇する形です。
短距離側で急激にエネルギーが増えるのは、電子雲の重なりや原子核間の反発が強くなるためです。
長距離側では結合力が徐々に弱まり、エネルギーは解離した原子の状態に近づきます。
この左右非対称の曲線こそが、実際の化学結合に近い振る舞いを再現する理由です。
力とポテンシャルエネルギーの関係
原子に働く力は、ポテンシャルエネルギーを距離で微分した値の符号を反転させたものとして求められます。
F r = − dV r / dr
平衡結合距離ではポテンシャル曲線の傾きがゼロになり、原子に働く合力もゼロです。
原子間距離がr eより短い領域では、距離を広げようとする反発的な力が働きます。
r eより長い領域では、原子を引き戻そうとする引力が働く仕組みです。
距離が十分に大きくなるとポテンシャル曲線は平らになり、原子間に働く力も小さくなっていきます。
解離極限とエネルギーの基準
モースポテンシャルでは、原子間距離を無限に大きくしたときのエネルギーを基準に取ることがよくあります。
この場合、結合した状態のポテンシャルエネルギーは負の値となり、解離した状態はゼロへ近づきます。
一方、ポテンシャルの最小値をゼロとして表す形式もあります。
資料やソフトウェアによって基準が違うため、数値を比較する際にはグラフの縦軸と式の定義を確認してください。
解離極限の位置を理解しておくと、結合が保たれている状態と解離状態の差を正しく判断できます。
モースポテンシャルの曲線は、平衡距離の近くでは振動を表し、遠方では結合解離へ自然につながります。
調和振動子モデルとの違い
続いては、モースポテンシャルと調和振動子モデルの違いを確認していきます。
放物線近似との比較
調和振動子モデルでは、原子間のポテンシャルエネルギーを放物線で近似します。
平衡結合距離の近くで小さく振動する範囲に限れば、この近似は非常にわかりやすく便利です。
一方で放物線は、距離が大きくなってもエネルギーが無限に上昇し続けます。
実際の化学結合は伸び続ければ切れるため、解離を表現できない点が調和振動子モデルの限界です。
モースポテンシャルは、振動が大きくなったときの現実的な変化を扱える点で優れています。
| 比較項目 | 調和振動子モデル | モースポテンシャル |
|---|---|---|
| ポテンシャル形状 | 左右対称の放物線 | 左右非対称の井戸型曲線 |
| 小振幅振動 | 扱いやすい | 扱いやすい |
| 大振幅振動 | 誤差が大きくなりやすい | 非調和性を反映できる |
| 結合解離 | 表せない | 表せる |
| エネルギー準位間隔 | 一定 | 高準位ほど狭くなる |
非調和振動とエネルギー準位
量子力学では、分子振動のエネルギーは連続的ではなく、離散的な準位として現れます。
調和振動子では各振動準位の間隔が一定になります。
しかし実在分子では、振動量子数が高くなるほど準位間隔は少しずつ狭くなる傾向があります。
モースポテンシャルは、この非等間隔のエネルギー準位を説明できるモデルです。
解離エネルギーに近づくほど準位は密になり、やがて束縛状態を維持できなくなります。
この性質は分子の赤外吸収スペクトルを理解するうえでも重要です。
近似としての使い分け
平衡距離の近くで低い振動状態だけを扱うなら、調和振動子近似でも十分なことがあります。
計算式が簡単で、基礎的な振動数や力の定数を考える際には扱いやすいでしょう。
高温で振動振幅が大きくなる場面、励起状態、結合解離を含む現象では、モースポテンシャルのほうが適しています。
ただしモースポテンシャルも万能ではなく、分子の回転、電子状態の変化、多体相互作用までは単独で表せません。
目的と必要な精度に応じて、近似の範囲を選ぶ姿勢が重要です。
分光学と計算化学での利用
続いては、モースポテンシャルが実際の研究や計算でどう利用されるかを確認していきます。
赤外分光法における分子振動
赤外分光法では、分子が特定の振動数の赤外線を吸収する現象を観測します。
原子間結合の伸縮や変角により双極子モーメントが変化すると、振動スペクトルとしてピークが現れます。
モースポテンシャルは、結合伸縮に伴うエネルギー変化を考える基本モデルとして役立ちます。
調和振動子近似では原則として特定の遷移だけが強く現れますが、非調和性を考慮すると倍音や結合音の理解にもつながります。
スペクトルの細かな位置や強度にはさらに多くの要因が関わるものの、基礎には原子間ポテンシャルがあります。
パラメータの決定方法
モースポテンシャルのD e、r e、aは、実験値や量子化学計算の結果から求められます。
たとえば分光データから振動数や解離エネルギーを推定し、曲線が実測値に合うようにパラメータを調整します。
第一原理計算で複数の原子間距離におけるエネルギーを算出し、そのデータをモース関数にフィッティングする方法も一般的です。
このときは、平衡距離付近だけではなく、短距離側と長距離側にも十分な計算点を置くことが重要です。
フィッティング範囲が狭すぎると、得られたパラメータが解離領域で実態を表さない可能性があります。
実務上は、原子間距離ごとの計算エネルギーを用意し、最小二乗法などでD e、r e、aを最適化します。
分子動力学シミュレーションへの応用
分子動力学シミュレーションでは、原子に働く力を計算しながら時間発展を追跡します。
モースポテンシャルを利用すれば、二原子間の結合伸縮を比較的少ないパラメータで表現できます。
共有結合の切断や形成を大まかに含めたい簡易モデルでは、レナードジョーンズポテンシャルより適した場面もあります。
ただし、原子種の組み合わせが多い系や、角度依存性が重要な共有結合系では、モースポテンシャルだけでは不十分です。
多体ポテンシャル、反応力場、機械学習ポテンシャルなどと比較し、対象に合うモデルを選ぶ必要があります。
利用時の注意点と理解のポイント
続いては、モースポテンシャルを読む際や計算へ使う際の注意点を確認していきます。
二原子間近似の範囲
モースポテンシャルは本来、二つの原子間距離に依存する単純な関数です。
そのため、多原子分子において隣接原子以外の相互作用、結合角、ねじれ角まで正確に再現するものではありません。
たとえば水分子の振動を精密に扱う場合、二つのOH結合だけでなく、HOH角の変化や結合間の連成も影響します。
モース関数を複数組み合わせる場合でも、相互作用の重複や不足がないか確認してください。
モデルを簡潔にするほど、適用範囲を明確にすることが求められます。
単位系と数値の確認
解離エネルギーは電子ボルト、ジュール毎モル、波数など、複数の単位で示されます。
原子間距離にはオングストローム、ナノメートル、ボーア半径が使われることがあります。
aの単位は距離の逆数となるため、距離の単位を変更した場合は数値の変換が必要です。
単位の不一致は、曲線の幅や力の大きさを大きく誤る原因になります。
計算プログラムへ入力する前に、エネルギー、距離、質量、時間の単位系が統一されているか確認しましょう。
実験値との比較における留意点
実験から得られる分光定数には、温度、同位体、回転運動、周囲環境などの影響が含まれます。
気相の孤立分子を前提としたモースポテンシャルを、溶液中や固体中のデータへそのまま当てはめると差が出ることがあります。
また、電子励起状態では基底状態とは別のポテンシャル曲線を考える必要があります。
一つのパラメータセットで全条件を説明しようとせず、何を再現するためのモデルなのかを明確にしてください。
モースポテンシャルは化学結合の理解に有効ですが、精度はパラメータの根拠と適用範囲によって決まります。
モースポテンシャルのまとめ
モースポテンシャルは、原子間距離に対するポテンシャルエネルギーを表し、化学結合の伸縮、反発、解離を一つのモデルで捉える関数です。
解離エネルギーD e、平衡結合距離r e、曲線の幅を決めるaを使うことで、原子間相互作用の特徴を整理できます。
平衡距離の近くでは調和振動子モデルに近い振る舞いを示しつつ、距離が大きくなると結合解離を表現できることが大きな利点です。
非調和性を考慮できるため、分子振動、赤外分光、量子化学計算、分子動力学シミュレーションの基礎として活用されています。
一方で、複雑な分子や多体相互作用を扱う際には、ほかのポテンシャル関数や高精度な計算手法との併用が必要です。
式だけを暗記するのではなく、曲線の谷が結合の安定性を、左右の非対称性が反発と解離を示していると理解すると、モースポテンシャルをより実践的に使えるでしょう。